赤穂緞通の作品紹介

明治の丸牡丹(古緞通)

2018年 7月22日12:52 AM

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この緞通には裏に紙のラベルが残っており
「明治42年 早川宗介監修」の文字が読めました。
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京都の鉾町に同様の柄の緞通が伝わっており
メダリオン部分は古いインドの絨緞を元にデザインされ、
赤穂緞通の代表的な文様である丸牡丹柄に発展していったと考えられています。

早川宗介は赤穂緞通を考案した児島なかから直々に技術を受け継ぎ、
明治20年に緞通工場を創設しました。
技術の改良や量産化に取り組み、品評会で高い評価を受けるなど
赤穂緞通の産業化に貢献した人物です。
御召列車の敷物を製作したのも早川宗介の緞通工場でした。
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明治42年というのは緞通の生産量がピークを迎えていた頃で、
100名以上の織り子が年間1,000枚を超える緞通を製作していましたが
その30年後には綿花統制により生産が中止、
戦後再開した緞通場は一軒のみとなってしまいました。
赤穂市歴史博物館の学芸員さんによると
緞通の製作年と製作元がはっきりと分かるものは初めてとのことで
大変貴重な資料です。


サイズ:93.5cm×186.5cm
この緞通は売約済です。ありがとうございました。




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